柴田 佳主也

profile

所属球団
元近鉄バファローズ
元日本ハムファイターズ
          元阪神タイガース
          元福岡ダイエーホークス
氏 名
柴田 佳主也(しばた かずや)
ポジション
生年月日
出身地
投手
1968年3月16日
兵庫県

【球歴】

出身中学(出身チーム)
大蔵中学校
出身高校
明石高校(兵庫県)
出身大学
その他出身チーム
阿部企業

【プロ野球歴】

プロ野球入団
1990年 ドラフト4位 近鉄バファローズ
所属球団( )内は背番号
1991年~2002年  近鉄バファローズ     (48→62→13)
2002年        日本ハムファイターズ  (33)
2003年        阪神タイガース      (52)
2004年        福岡ダイエーホークス  (13)
引退
2004年

【プロ野球(NBA)通算成績】

通算:14年
登板 先発 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回数 被安打 被本塁打 与四球 与死球 奪三振 失点 自責点 防御率
259 0 4 1 1 37 176.2 183 15 67 12 103 77 70 3.57

next stage

2006年~現在     株式会社アルペン
              スポーツ デポ ベースボールアドバイザー
【 店名 】
スポーツ デポ 天王寺店
【 住所 】
大阪市阿倍野区天王寺町南1-3-10
【 営業時間 】
10:00~21:00
【 定休日 】
なし
【 電話 】
06-6629-7151
【 地 図 】
場所はコチラ
【 WEBサイト 】
http://www.alpen-group.jp/shop/sports-depo.html

interviews

「野球を楽しむっていう事が難しいんだ。ワイワイ言いながら楽しむのとは意味が違うんだよな」

  • 真木
    「こんにちは、お仕事中忙しいところ時間をもらいましてありがとうございます」
  • 柴田
    「いやいや大丈夫よ」
  • 真木
    「その分、ちゃんと仕事してくださいね」
  • 柴田
    「うるさいわ!言われなくてもちゃんとやってるわ!」
  • 真木
    「たしか、このスポーツデポと言うお店には全国に元プロ野球選手がたくさんいるんですよね?皆さん同じような仕事をされてるんですか?」
  • 柴田
    「そうやな、今の時点でたしか全国で26人だったかな。それぞれバラバラのお店でベースボールアドバイザーとして野球用品の販売をしていて、用具についての質問とか、技術的な事を聞いてくれたりもするんだ。 あとはイベントとして野球教室をしたりもしてるよ」
  • 真木
    「へ~、身近なスポーツ店に元プロ野球選手がいるって子供達にしてみたら憧れでもあって喜んでくれるんでしょうね。僕達が子供の頃の時代で考えたらなかなか無い事ですもんね。
    柴田さんの子供の頃はどんな野球少年だったんですか?」
  • 柴田
    「俺はもともとソフトボールだったんだよ。小学校1年生から6年生までずっとソフトボールだったから野球を始めたのは中学生になってからだね」
  • 真木
    「そうなんですね~。でも昔は、始めたキッカケがソフトボールだったって言う人もよく聞きましたね」
  • 柴田
    「中学もそこまで熱心な野球部じゃなかったんだけど、やっぱり子供の頃からプロ野球選手に憧れはあったね。
    まあ、その頃はまさか本当になれるなんて夢にも思った事ないけどね」
  • 真木
    「それで高校は明石高校ですよね?明石高校は野球の強い学校なんですか?」
  • 柴田
    「いやいや、強いなんて事はないよ。たまたま俺が高校生の時に甲子園は行けたんだけどね。
    でも、その甲子園出場が俺のその後の野球人生にとって大きな転機になったんだ」
  • 真木
    「どういう事なんですか?」
  • 柴田
    「明石高校ってどちらと言うと進学校だから選手が集まってくるような強豪校ではなかったんだ。それで2年生から試合で投げさせてもらってたんだけど、2年生の夏の大会前に肘を痛めてしまって投げられなくなったんだ。でも監督が、それまではずっと投げてたと言う事で予選ではベンチに入れてくれて3年生が投げてるのをベンチから応援してたんだよ。そしたらそのまま予選を勝ち抜いて甲子園出場を決めたんだけど、甲子園って地方予選の時よりベンチ入りメンバーが少なくなるんだよね。それで甲子園の時はベンチに入れずアルプススタンドから応援する事になって、それがメチャクチャ悔しくて!
    その時だね、絶対に来年も甲子園に来て、プロ野球選手にも絶対なってやるって火が付いたのは」
  • 真木
    「へ~、それがプロ野球選手・柴田佳主也の原点なんですね?
    でもその時はもう高校生じゃないですか? プロ野球選手になる人達って、やっぱりどこかでプロになれるだけの練習をしてる時期ってあるんだと思うんですよ。
    柴田さんが自分自身でプロ野球選手になれるだけの練習をした時期っていつくらいなんですか?」
  • 柴田
    「それは社会人になってからだね。さっきも言った通り、基礎の練習にはなったと思うけど小学校ではソフトボール、中学校もそんなに熱心ではなかったし、高校も進学校で野球推薦とかでもなかったしね。高校を卒業する時に阿部企業って会社に野球で声を掛けてもらったんだけど、そこでの練習が一番辛かったね。会社自体は警備会社なんだけど、シーズン中は昼間に練習をしないといけないから、夜に警備の仕事をするんだ。グラウンドも専用グラウンドがなかったからいろんなところに借りて練習をするしね」
  • 真木
    「なんか僕も現役時代に柴田さんの有名な話を聞いたの覚えてますけど、阿部企業での仕事中に襲われたんでしたっけ?」
  • 柴田
    「そうそう!と言っても襲われたのはイノシシだけどね。 その時も夜中に山の方の工事現場に警備で行った時で、よく工事現場のところに看板が立ててあってライトで照らされてるやろ?あのライトが危険なんや!
    普段から虫が寄ってきたりもするんだけど、その時は山の木の方でガサガサって音がしたから、興味本位で石を投げてみたんだよ。普段はコントロールが悪いのに、そういう時だけ良いんだろうな、石が暗闇に消えたと思った瞬間、ブヒーッ!って鳴き声がしたと思ったら、黒い物体がものすごい勢いで向かってくるんだよ!」
  • 真木
    「それがイノシシですか?どれくらいの大きさだったんですか?」
  • 柴田
    「いや~、もうすごい勢いで一瞬の事だったからハッキリとは覚えてないんだけど、たぶん普通に大人のイノシシだったと思う。
    一直線に俺の方に向かって突進してきてたんだけど、たまたまそこにガードレールがあったから、イノシシはそのままの勢いでガードレールに突っ込んだんだ。そのガードレールに体当たりしたらそのまま曲がって山の方に走って行ったから俺の体は助かったんだけど、あれは間違いなくガードレールが命の恩人だね。ガードレールがなかったら、プロ野球選手にもなってなかっただろうし、この場にもいれなかったかもしれないからね」
  • 真木
    「ハハハ、そんな経験をしてるプロ野球選手もなかなかいないでしょうね~。
    阿部企業って練習自体はどうだったんですか?」
  • 柴田
    「とにかく走らされたね~。理想を言えば、自分の意志で走ったり練習するのが良いんだろうけど、正直、無理矢理なくらい走らされたよ。ある高校のグラウンドをよく借りて練習してたんだけど、そのグラウンドから一番近くの高速道路の乗り口までたぶん20~30kmくらいあって、練習中に突然、ピッチャーは行け!って号令がかかるんだよ。そしたら練習を切り上げてその高速の乗り口までランニングをするんだけど、野手陣が練習を終わらせて帰ってくるバスよりも高速の乗り口にたどり着くのが遅かったら、そのままバスは待ってくれずに行ってしまうんだよ。だから走ってる時はもう必死よ。後ろからバスが来ないかビクビクしながら走ってたね~」
  • 真木
    「なかなか社会人チームなのにスパルタですね」
  • 柴田
    「そうだな。新日鉄広畑ってチームに練習試合に行った時も、ボロボロに打たれた俺ともう一人のピッチャーで、たぶん60km以上ある距離を走って帰らされたこともあったな。
    とにかく俺が一番練習して走った時代はその社会人の5年間だね。
    でも、それが良かったのか?だんだんとボールも速くなったし抑えるようにもなって、大会で表彰されたり全日本の合宿に招待されたりとか、結果も付いてくるようになったかな」
  • 真木
    「じゃあプロ野球選手・柴田佳主也が生まれたのは、高校2年生の時の甲子園での悔しい思いと、阿部企業での5年間の下積みがあったからなんですね?
    それでドラフトで指名されたわけですもんね?
    僕自身も、中学まではそこまで熱心に練習をしていた訳ではなかったので似たような感じですけど、高校生になってから真面目に取り組むようになってもまだまだ遅くないって事ですよね?柴田さんのドラフトってどうだったんですか?」
  • 柴田
    「実際、ドラフト前に近鉄のスカウトの人から指名されるとは聞いてたんだけど、でもドラフト当日もいつも通り仕事をしていたからドラフト会議をテレビで見てもなかったし、自分の名前が指名されてアナウンスされるのも聞いてなかったね。
    その時期は社会人はシーズンオフだったから昼間に仕事をしてて、夕方仕事から戻ってきて初めて指名されたぞ!って聞かされたね」
  • 真木
    「記者会見場を準備したりとかもなかったんですか?」
  • 柴田
    「ないない!指名自体も4位だったし、俺一人の為にそんな大袈裟な事をするような会社でもなかったしね。でも、お世話になった会社だからこんな言い方はしたくはないけど、やっとここから上がっていける!ってメチャクチャ嬉しかったのは覚えてるね。 普段からそれだけを考えて頑張ってきたからね」
  • 真木
    「プロ野球生活はどうでしたか? 柴田さんと言えば、プロでの初黒星が1球で敗戦投手になったって言う珍しい記録も持ってますもんね?」
  • 柴田
    「そうだな。しかも結局14年現役をやったんだけど、その1敗が現役生活唯一の敗戦なんだよ。引退してからはあの1球がメチャクチャ後悔してるんだ。どうせなら、プロ野球人生で1敗もしてないって言えれば良かったのにな~って。
    今でもその1球って覚えてるんだけど、マウンドに上がってから何を投げようか迷ってしまったんだよ。それがダメだったと言うか後悔の原因だね。俺みたいなワンポイントで行くピッチャーなんて、ハッキリ言って1球勝負なんだよ。初球で決まるみたいな。その初球を迷ってるようじゃ勝てるケンカも勝てないよな」
  • 真木
    「やっぱりそういう時の事ってハッキリと覚えてるもんなんですね?」
  • 柴田
    「ハッキリと覚えてると言えばもう1つあって、当時オリックスにいたイチローだね。イチローも左だったからよく対戦はしてたんだけど、ある時、完全に打ち取って平凡なファーストゴロだったんだ。別に一塁手がミスをしたわけでもないし、俺がファーストベースカバーに遅れた訳でもないのに、ベースカバーに走ってボールをトスしてもらってる俺の背後から、ものすごい勢いの足音が聞こえて駆け抜けられて、結局それがセーフになったんだよ。あの、後ろから聞こえたものすごい勢いの足音、あれも今でも覚えてるね。 当時の投手コーチに、ベースカバーが遅かったですか?って聞いたら、いや遅くなかった、イチローが速すぎたんだって怒られもしなかったんだ」
  • 真木
    「へ~、やっぱりその辺からして違う人なんですね。じゃないと日本人がメジャーであそこまで出来ないですよね。
    最後、柴田さんが現役を引退する時ってどんな想いだったんですか?気持ちを引きずるような事はなかったですか?」
  • 柴田
    「これも珍しいみたいだけど、4年連続で戦力外通告を受けてるんだよね。戦力外を言われて他球団のテストを受けて入団して・・・の繰り返しを4年も続いてたから、もういい加減体力的にも衰えを感じてたし、それだけ移籍をしてたら他の残ってる球団数もそれだけ少ないって事にもなるし、もう限界だろうなとは感じてたからね。だから気持ちを引きずるって事はなかったかな」
  • 真木
    「そうなんですね~。まあ、僕からみたら14年もやれたって事がすごいな~って思いますもんね。
    今の仕事でも子供達と接する機会が多いみたいですけど、もっと多くの全国の子供達やその家族の人達に柴田さんだから言える事ってどんな事ですか?」
  • 柴田
    「う~ん、俺もこうやってお店とかチームとかに行って子供達と接する事も多いんだけど、まず第一歩は、やっぱり野球を楽しんで欲しいと思うね。選手にとっても楽しむ事は大切な事だと思うし、楽しいと思えるから上手くなりたいとも思うだろうし努力も出来るんだと思う」
  • 真木
    「その楽しむって事が難しいですね」
  • 柴田
    「そうなんだよ、これが難しいんだよ。俺もグラウンドに行ったら怒鳴る事もあるしボロカスに言う事もあるんだ。決してワイワイ言いながら楽しむって意味じゃなくて、試合に勝つ楽しさ、活躍する楽しさ、ヒットを打つ、三振を取る楽しさなんだよね。これを感じさせる環境作りが大切なんだと思う」
  • 真木
    「そうですね~。どうしてもそういう思いをする為には、普段は苦しさとか辛さが先に来るし、たくさんしんどい思いをしなくちゃいけないですもんね。その日頃の辛さに耐えて本当の野球の楽しさを味わってくれるようになれば良いんですけどね」
  • 柴田
    「たしかにな~。高校生とか大学生、社会人になって大人になればなるほど自然と分かってくれるんだけど、やっぱり小学生や中学生の時期が一番難しいよな」
  • 真木
    「ホント、そう思いますよ。
    まだまだ柴田さんの阿部企業時代の面白エピソードをみんなに紹介したいんですけど、そろそろ時間もなくなってきたのでこの辺で終わっときますね」
  • 柴田
    「そんな次から次に出てこんわ!」
  • 真木
    「そんな事ないですよ~。現役時代にもっとたくさん聞いてますよ!
    今日は本当にありがとうございました」
  • 柴田
    「いえいえ、こちらこそ!」
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